自分はギャンブルが好きな方だ。なので公営ギャンブル(競馬競輪ボートなど)系youtuberの動画を定期的に視聴している。もう何本視聴したか分からないぐらい見てきたのだが、最近ようやくわかってきたことがある。今回はそのことについて書いてみたい。
公営ギャンブル系youtuberの動画を最低でも300本以上は閲覧して理解したこと
公営ギャンブル系のyoutuberは、皆オープニングでは夢のようなことを語る。
今日当たりすぎたらどうしよう?
10倍のオッズをたった2回当てるだけで100倍だぞ!1万が100万。10万なら1000万。こんなの完全に確立の範囲。今日起こっても全然おかしくないでしょ!
と、大体どの演者も大きな夢のような事を語る。そしておもむろに車券を買いレースを見る。そしてその光景が映し出されるが、このような事をやり続けた結果、1日単位、1カ月単位を含め大金を手にした方、またそれが手元の残っている方、大金を大きく増やした方を自分は正直見たことがない。
全く当たらないということはないが、当選率は極めて低く、おそらくだけど9割以上の人がノーマネーフィニッシュというのが一般的なパターンだと思う。
博打に勝ち、手元に最初に持ってきたお金以上に現金が残るのは10回に1回程度。後は全部負け。
平均するとそんな程度になってしまっているのではないかのように見える。
またほとんどの人がこんな感じなので、トータルでは絶対に負けているように見える。
何故博打で負けるのか?
この結果を目の当たりにして思うのは、何故負けるのかという点だ。
皆動画を回しているだけあり、ホントに心の底から当てたいという一心で、一生懸命に買い目を決めている。また念も入っているのがまるで自分の事かのように理解できるが、結局のところ一生懸命買おうが、買った後に祈りを捧げたとしても、そんなものは一切関係ないのであろう。
もっと客観的に、冷静に、尚且つ出来れば必勝法ではないが、自分独自の切り口、根拠を持って戦う。そんなものが無ければ難しいのであろう。
だいたい冷静になって考えてみたら分かるが、どんなに強い馬、選手がいても、またそれらが人気を背負ったとしても、それが来るかどうかというのは誰にも分らないものなんだよね。
皆過去のレース、競争得点などを、根拠!と言って予想するが、それだけで果たして根拠と言っていいのか?この程度の根拠で当てられるのなら、もっと勝っている人がいても良いが、動画などを見る限りではこの程度ではもっていかれれる方が圧倒的に多い。
また動画の演者側もそんな経験からか、最後は直観で買うとか、語呂合わせで買うとか、今日の日付や自分の誕生日で買うとか、もはや根拠のこのじもないような本当に適当な理由で買ってしまう人が多いのだが、個人的にこの理屈も分らんでもない。
とにかく当たればいい。当てたいのだが、過去レースを参考に買い目を決めても、試走などを参考に勝っても来ないことが多い。そうなると適当に買っても同じだろうという脳みそからの声をそのまま行動に移してしまうのだ。また適当に買う方が圧倒的に楽なので、そういうこともあって、滅茶苦茶な理由、もはや運任せみたいな買い目が誕生し、結局それも足を引っ張る結果になってしまっているのだと思う。
博打で勝つためには?
お笑い芸人のジャイさんという方がデーターに基づきWIN5(競馬)を買い、大きく儲けることができたが、最後は法外な税金を課税され、結局身動きが取れなくなったという事実があるが、やはり独自の切り口、視点などから、人間の感情を入れず、機械的なもので買い目を決める。
感情をなしにした状態でデーターに基づいて買い目を決める。そんな事が、個人的には勝ちに近づく一歩になるのではないかと思う。
逆に自分の思い込みや、今日までに何円欲しいから賭けるといった自分勝手な理由で賭けるのは、その要因により足を引っ張る可能性があるので、そういうことはあまりしないほうが良いのではないかと思う。
漫画カイジで坂崎のおっさんが全財産を自分の娘の名前の馬に賭けようとして、カイジがそれを止め、結果賭けていても当たらなかったという話があるが、世の中というものは自分都合ではなく、もっと冷静客観的な視点で動かないといけない。目の前のものをもっと冷静に見つめなければならない。冷静にならなければ理解できない。と、そんな当たり前の話があるが、やはりギャンブラーもある意味では冷静になった状態でやらないと、勝てるものも勝てないんだと思う。
ギャンブル系youtuberの魅力
でもってギャンブル系youtuberはなら最終的には懲りない集団。何度も同じことを繰り返すバカ。学習能力が欠如した人たちなのかというと、実際は本当にそうなのかもしれないなという一面もある。
でも自分はその1面があることを理解しながらも、その方々の魅力に気が付いた。
それは何かというと、とにかく切り替えが上手いことだ。年季が入っている人、場数をこなしていればいる人ほど、とにかく負けても勝っても切り替えが早い。
もっと細かく言うと、負けて使ってはいけないお金を失ったとしても、全くノーダメージなんて姿を見ることもできるし、勝っても、せっかく当たって大金を手にしても、何の躊躇もなく次のレースに全部賭けてしまうという、まともな人からみたら考えられないようなことができるのが個人的には1つの魅力ではないかと思う。
とにかく負けても負けても全くへこたらない。だからこそ出来るという理屈になるのだろうが、その精神は異常といえるほど楽観的でなければならず、ある意味ねじがはずれている人、ある意味何も考えていない人、危機感が全くない人などがこれにあたるが、こういう人はこういう人で、周囲からは明るい、面白いという評価になるわけで、物事を楽観的に考えることができる人、明るい人というのがギャンブラーの魅力の1つではないかと思う。
最後に
自分は異常なほど楽観的な人間だ。若い時、それこそ20代の頃は、天から金が降ってくるという言葉を信じ、ギャンブルで負けた日に、窓の外にざるを置いて寝たことがあるぐらいの人間だ。
しかもその根底にある楽観性は今までの自分を形成してきた事実があるが、この楽観性の力なるものが年々弱まっているのは事実。さすがに競馬の頻度は年と共に激減したし、公営ギャンブルもやはり頻度としては年々減少しつつある状況だ。
理由は自分自身で当たらないということを理解し始めたからということなのだが、ここ最近このギャンブルすると負けるという思いがほぼ確信に近い状態になったのは、やはりギャンブル系youtuberのおかげだ。
動画内に出演する方々は、自分の範囲を超えるお金をなんの躊躇もなくぶっこんでしまう方々ばかり。またその人たちが大金持ちとか、将来に対する蓄えがたんまりとあるというのならまだ分かるが、負けたら裸一貫みたいな人が平気で全財産をぶっこんでしまうのだから、個人的には想像以上というか、想像をはるかに、また異常なほど上回るアホ、現代版の花の慶事のような生き様をさらしているのを目の当たりにし、さすがにドン引きし始めた。こうなってはいけないと思い始めたというのが今の自分のリアルな心の声だ。
そしてギャン中から少し脱出するかもというような自分が言えるのは、【ギャンブルはやはり普通にやったら勝てない。勝ちを目指すなら、何か根拠を持ってやるべき!】ということ。とにかく勝負の前に、もっと色々と準備やシュミレーションをして、これならいけると思うのならやっても良いと思うが、朝起きて競馬新聞などを見て、単に頭に浮かんだとか、ひらめいたとか、窓を見たら赤い車が見えたから、今日は3が鉄板だとか、そういった買い方は少し疑問を抱きながらやった方がいいのではないかというのが今の自分の結論だ。
ただこの見解はどうかわるかはわからない。また博打はみなそれぞれがそれぞれの考えがあるからこそ面白いのであり、これを読者様に強要するつもりはさらさらない。
博打を楽しむ。そんなお付き合いなら良いが、全力投球で破産をかけた勝負をするべきではないし、そんな勝負に挑むならなおさら下準備が必要ではないかというのが個人的な考えだ。
またとにかく彼らは楽観的すぎる。それがメリットでもデメリットでもあるが、ある程度の年齢になったのなら、ダメになった場合ということも想定しておかないといけない。そんな事を少し考えるようになったのかもしれない。