相変わらずネットでの作業に没入中

無職
無職

前回の記事で最近の自分は満喫に頻繁に入店し、ある作業を継続中という記事を書いた。一応あれを書いた時がそれまでやっていた事(一応プロジェクトという)の最終段階だった。そして無事にその作業を終えることができたのだが、そこからすぐに次のプロジェクトとでも言おうか、新しいことをするようになり、最近はまたそのことに没頭するようになった。

今回はそのことを記録のためにかく。

最近夢中になっていること

4月に入り、「これをやれば不労所得になるのではないか?」という案が浮かんだ自分。その案は実は今まで自分が漠然とだが脳内で温めてきたことで、それが実現できれば絶対にある程度は稼げるだろうと思えていたことなのだが、何といってもそれには異常なほど労力がかかることだったので、実行をせずにいたのだが、ひょんなことからショットカットのようなものを閃き、それを実行した。

一応自分が満足いくまでそれをやりとげた。

それが終わったのが5月20日ぐらい。

終わったといってもそれは種まきが終わっただけで、4月から種はまいたものもその時点では収穫0。ただ働きのような状態なので、実感は0。

そんなこともあり(稼げていない)自分は次の種をまくことにした。

それを決めたのが5月23日ぐらい。この日からぽつぽつと作業を始めている。

作業というのは結局簡単に言えば、考える→行動するというもの。

ただ目的を決めないと行動はできない。やることを決めないと何をしていいかが分からないという当然のこともあり、一応しっかりと考え、これをする!と決めてから物事に取り組んでいるため、中々時間がかかっていたりする。

またこれをする!と決めたとしても、すぐに完全版ができるものでもなく、日々思考回路を継続しながらそれを作っていくというような状態だ。だからその日1日1日が異常なほど早く終わってしまうこともある。

仕事は楽しいのかもしれない!

自分は会社員の時も、無職の時(前半は)も、成功者に興味があり、その人の通った道に興味を持ったり、本を読んだりしていたことがある。そしてどの成功者も必ずといっていいぐらい、何かに没入し、そこで莫大な作業量をこなし、それにより新しい人から喜ばれるサービスを作るなどして上り詰めた人が多いのだが、ある意味自分も今そんな経験をほんの少しかじる程度にしているのかもしれないと感じている。

それと嬉しいことに4月からまいた種に芽が出て、本当にほんの少しの収穫ができた。

勿論約1カ月の漫画喫茶代だけを考えても現段階では全くの赤字状態。なので誇れるものではないものの、一応自分の考え(これをすれば稼げる)に関してほんの少しだがその兆しのようなものがあったので、少し安心をしているところ。(もっと沢山収穫できて、赤字解消までできたら、満足度も高まると思うが)

正直な話ここまで書いたことを楽しいと思うかどうかという話だが、正直、【無我夢中でやってきただけ】で、なんの感情もない。

ただ同じように無我夢中でやってきたパチスロパチンコなどと比べると、圧倒的に脳内を活用してきた、考え抜いた経験にはなったので、どちらが為になったのかというと、圧倒的にパチンコパチスロ以外の経験の方が為になった。

パチンコパチスロの掲示板などを見ると、もっと他の経験をした方が良いなんてことが当たり前に書かれている。自分はそれをあまり理解してこなかった。【金を稼げれば良い。楽して稼げるならなおさら良い。だからジャグラーを打つ】とそんな考えでしかなかtった。また他の経験をすると言っても、どうせ単純作業みたいなことで、それこそメダルを3枚入れてレバーを叩くという尚中作業と大差ないだろうと捉えていた。

確かに単なる肉体労働系の単純作業だとしたら、そのこととパチンコパチスロは同等またはそれに等しいのかもしれないが、考えて何かをするということに関してはそれとはまったく異なり、自分なりの独自性、オリジナルな価値提供をすることができる。そこに個人的なこうしたい!ああしたい!という価値観を反映することができ、それを提供できることで人は満足感を得ることができるんだということが何となくだけど今回の経験を通じて理解することができた。

満足感が高まる行動

例えばの話、目が見えない人に対して、盲導犬を貸し出すサービスがあるとする。

そのサービスを提供している業者は、貸し出す際に相手に選択肢を与えない(業者が指定した犬のみを貸与する)。

業者の都合で貸し出し途中での入れ替えも頻繁に起こる(せっかくなついたのに突然犬を変えられる)

犬を貸与するだけで、どういう指示を出せば犬が動くのかを教えないので、あまり使えない。

そんな不便なサービスを提供している業者ばかりしかいないとする。

そしてその中に自分が新規で参入する場合、上記をすべて逆の形にして提供したいという意思があったら、そのサービスをするだけで、それが目が見えない人に、以前の業者よりもよりよいサービスを提供することができることで、その人を支援できるようになるわけで、そういう事をしたいと思い、それを実行すること自体が、何か人生を全う、満足しているような感覚になるのだと思うが、自分がやりたいことをやる!というのはやはりその先に人や相手がいて、それをすることにより、人は満足感のようなものを得るのかもしれない。そんな事を感じるようにもなった。

そしてそういう意味で考えると、仕事とは、人が求めるものを提供しているわけで、それにより対価を得られるわけで、そこに自分の意志、感情、考えを挿入できる、価値観の合う仕事をできることにより、人は満足感を得られるのかもしれない。

そんなことすら頭に浮かぶようになった。

まあ簡単に言うと昔の自分とは全く違う景色が見えるようになったとも感じている。

誰にでもできること

youtuberでシバターという人がいる。人の悪口をいったり、傷口に塩を塗るような発言を動画でしていたりする。俗にいう炎上系の人だが、そんな彼自身も、実はそれを喜ぶ人を想定し、その人たちの為にピエロになる。その人の気持ちを代弁しているのである。ある役割を演じて人気になっているが、それはその画面の前にいる一定の視聴者の気持ちを理解しているからであろう。

あくまでこれは自分の想像の域の話だが、おそらくそういう事なんだと思う。

そして商売などで成功している人は基本的にはこういった考えが根底にあるんだと思う。目の前の人を喜ばせることができる。

それが出来ればそれが仕事へとつながっていくのであろう。そして今の時代は本当にその敷居が低くなった。

また世界も広くなった。なので誰でもその気になれば、それなりの土俵でそれなりの事をすることができる世の中になっていると個人的には考えている。

最後に

かなり抽象的な話となってしまったと思う。まだ自分自身が未熟で、山頂に上った所で書いているわけではないので、ややもどかしい話になっているが、今は何となくではあるものの、ある程度何をすれば良いのかということが分かりかけてきた気がしている。何をすれば良いのか?それはやりたいことを決める→それをする。

単にそれだけの話。ただそこは割と難しい。例えばジャグラーを打ちたい→ジャグラーを打つ。

それでも全然問題はない。だがそれはそんな生活をしていても将来が不安にならなければという話。

もし金を稼ぎたいという話なら、誰かの為になることの中から、自分がやりたいことをする(決める)→それをするという形になるのであろう。

それと自分は割と時間が多くあり、自省する時間も多い。自分にできることは少ない、限られている。こんな能力では世の中の人の為に対して何の役にも立たない。そんなことを考えてきた時期も結構多くあった。無職になった人というのは、自分で何かしようと色々と考えるものだが、その際に何もうかんでこないことが多い。そしてその状況を悩み、ネット上を含め色々と相談をしてみると、どこもそんなことはない!今までの経験を書き出してみな!なんてアドバイスをくれる人がいる。

自分もそういう情報を多数仕入れてきたが、結論を言うと、人間なんてものな初戦どんぐりの背比べレベルだと思う。

物凄い優れている人もいない、劣っている人もそんなにいない。皆ある程度のレベルに維持している。その中で差がつくのはやるかやらないかということだけ。単にそれだけだと本当に思う。

そして無職は盲目だと感じることがある。それは経験が少ないから=視野が狭い世界が狭いからであると思う。

またそういう環境に置かれると、自信が無いからか、余計にいろんな経験をしない道を選びがちで、そうなるとどんどん内へ内へと進んでしまうものだが、外を見ると世界は広く、少しかじってみればできることも多い。

またその点もやるかやらないかという話だけ。

そんな事を感じた。

なのでこれをご覧になっている無職の方などに言いたいのは、とにかく何でも良いから自分で決めて、決めたことをやってみた方が良いよということ。少し充実するし、一応結果もでる。その結果を見ながら次のことも決めることができるから。

ただその基準はできたら自分の考えを反映させることが良いと思う。相手次第(パチンコパチスロなどこちら側だ絵はどうにもならないこと)ではなく、自分自身が操作できること、尚且つ自分の考えが若干ながらそれに反映されることを選ぶと、頭も使うし、それをすることにより責任感もでる。何かを始めると、またそれに興味を持つと、変な話船を操縦しながら航海しているようなものといった感覚になると思う。

ということで自分の脳内を書いた。何かしらの参考になれば幸いだと考えています。最後までご覧いただきありがとうございました。

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