無職になってからというもの、どちらかというと自分の好きなことをして生活してきた。そして今はマンガ喫茶にいるのだが、ふと【会社を辞めたくても辞めれない人がいるのではないか?】という考えが浮かんだ。実は自分もそっち側の考えだったのだが、辞めてみて、無職生活を最低でも5年以上は継続した今思うのは、【無職になればストレスは溜まりにくい】ということだけは、今現時点で実感できている。
今回は会社に勤務し続けることでストレスが爆発し、おかしくなってしまう人もいるのではないかと感じたので(最近不況を痛感しているので、どの会社も厳しいと思うので)、実際に辞めたらどうなるのか?どう感じるのかについて個人的な見解を紹介したい。
無職になって辛いと感じる点
無職になって辛いなと感じる瞬間というのがある。細かい点を挙げればそれは今まで何度となくあったが、そんな経験をした中で、個人的に1番つらい、一番キツイと感じるのは、【やる気がなくなった時】これに尽きる。
やる気が無くなるというのはどんな症状かというと、【何をしたら良いかが分からない】、【自分の行動に対して何をしているのか?】などと感じてしまう事を意味する。
例えば定年退職をした人が、毎日何をしたら良いかが分からず、最終的にはバイトみたいな身分で就職をしたという実話があるのだが、この例で言うと、定年退職をした人が、毎日何をしたら良いか?自分のやりたいことが分からず時間を持て余したり、その事自体に苦悶し、最終的には仕事をしていないとおかしくなりそうだという感情から、バイトみたいな仕事を開始したという話だ。
おそらくこういう人は無趣味なのであろう。またお金はあると思うので、別に働かなくても良いのだが、本当に何もすることが無い人というのは、その悩みを解消するために、もはや暇つぶしの為にといっても過言ではない程度の理由で働くという選択肢を選ぶ人もいるという現実があるのだ。
まあとりあえず何が言いたいのかというと、【何かをしたい!】という欲のようなものがないと、人は行動をすることができなくなりがちで、それが原因で【いったい何をしているのか?】、【自分は何をしたいのか?】なんて考えだしてしまう時があるのだが、これが無職の最大のデメリット。個人的にはこういう時、こういう瞬間だけ避けるようにすれば、無職としてストレスを感じず生きていけるのではないかと思う。逆に言うと、この【俺は一体何をしているんだ?】という感情がわかないようにする。無欲にならないようにする事さえ出来れば、無職としてやっていけるのではないかと思う。
欲を持つこと、生きる目的を持つコツ
上記のようにならないようにするコツは、欲を持つことが大事。
欲というのは実際は何でも良い。
例えばラーメンが食べたい、パチンコを打ちたい、温泉に行きたい、散歩がしたい、自然を見に行きたい。
何でも良い。また人によっては金銭的な制約がある方もいるだろう。例えば今のパチンコは適当に打ったら数万は確実に負けるような遊びになりつつある。よほど運が良くないと、大金を失うような遊びだ。なのでそういう事ができない方は、自分のできる範囲で良い。
お金が無くてもやりたいこと、お金がなくてもできることをするとか、仮に今お金が無く、出来たら稼ぎたいと思うのなら、金儲けという立派な欲があるのだから、それを考えて行動に移すというのも1つのやることになるだろう。
別に崇高な目的を持たなくてもいい。目の前の事で良いから、欲を持ち、それに没頭することが出来たほうが、無職としては幸せな人生を送れるのではないかと感じる。
逆に言うと時間を持て余すような生活を過ごしていると、どうしても精神的におかしくなりつつあると思う。そしてそれが会社が原因だとか、それ以外の何かしらの環境によりそのようになってしまう人がいるのなら、1度無職を目指してみても良いと個人的には考えている。
無職の環境
因みになぜ無職が良いのかというと、自分は今漫画喫茶にいるのだが、環境さえ選ぶことができれば、人的なストレスを消すことができるからだ。以下は今自分がPCでこの記事を書いていることを意味する画像だが、個室のような感じになっているので、誰からも邪魔されず、自分1人の空間を過ごすことができる。そしてこういう環境下に身を置いてみて思うのだが、例えメンタルがどんなに削られていても、こういうところにいるだけで、自然とメンタルは回復していくようになるのだ。
即ち自分に適した環境を選ぶことができるのなら、植物が日光と水で育つように、人間も同様に自分にとって居心地がいい環境を選ぶことができるのなら、そんなに病んだりはしないという話。
ただここには少しのお金は必要になる。だがその点に関して世の中の無職を調べてみると、生活保護で悠々自適な生活を送っていたり、補助金などをもらってパチンコを打ちに行っているなど、各人が明日のことを微塵も考えることなく、本能のおもむくまま、欲望のおもむくままに生活しているのを垣間見ることができる。

幸せはの基準は人それぞれ
とりあえず個人的には生活保護ともらって生活したいとは全く思わない。また補助金などをもらっている身分なら、そのお金をパチンコに使うような事はしないと思う。
自分が本当に崖っぷち(生活保護受給とか補助金需給生活)になったら、もうその時点で金銭的には尻に火がついているような状態なんだから、さすがに呑気にパチンコ勝負なんてできないだろうと思う。
むしろ本当にそんな状況になってしまったとしたら、何とかして稼ぐ為に、がむしゃらに何かを試してみると思う。
なぜかというと、それでは動物園に飼育されている動物とやや近いように感じるからだ。
ただそれは自分が今考えていることであり、年をとり、やる気のようなものが本当に無くなってしまい、何もできなくなったとしたら、そういう補助金のような物を受給しながらの生活になるのかもしれないが、もしそうなったとしたら、さすがにパチンコにはいかないと思う。
やはり税金でギャンブルにいくのはさすがにヤバイ。働いている人に申し訳がたたない。
ギャンブルに行くのなら、そのお金は働いている人に返さないといけない。
さすがにこのように考えるので、そういう風になってしまったら、ギャンブルはやらないだろうと思う。
また逆にもしそうなってしまったら、自分で野菜を作るとかして、それを無料で配ることで、何かしらの恩返しというか、貰っているものを返せるようになる。自立するような行動をするのではないかと思う。
最後に
自分は電車で色んな場所に行くことが多いのだが、ここ最近は電車内で発狂している人を何回か見かけたことがある。その発狂している人は、【すいません。今からやります】とか、【おはようございます。今日も1日よろしくお願いします】なんて言葉を連呼していたのだが、ここで想像したのは、【無理して会社に行っていたから、最終的におかしくなってしまったんだろうな!】という考えだった。
そしてこんな人をここ数日で何人も目にした際、【自分がおかしくなるほど無理をするのなら、そんな無理はしないで無職になればいいのにな】と感じたのでこの記事を書いた。
皆無職になったらどうするんだ?とか、色々と考えるから辞められないのかもしれないが、極端な話、自分の命を削ってまで、1つの会社、仕事にこだわる必要は全くないわけだ。また無職になったとしても、それは単に仕事を失ったというだけの話。ただそれだけにすぎない。
なので、こんな状況の方がいたら、一度考え直してほしいというか、個人的に電車内で発狂している人を見て、【そこまで無理して働く必要があるのか?そこまで無理して働かないといけないのか?】なんて強い疑問を感じたので、記事にしました。またこの点はひろゆきさんも同様の事を言っていました。やりたくないことを我慢してやる必要はない。日本は生活保護制度というものもあるので、何とか生きていける!なんて事を。
そして自分自身、無職についてネット上で色々と見る機会があるのですが、生活保護を貰ってのうのうと生活している無職ほど、実はノーストレスで毎日ハッピーみたいな感じに写ります。これはその人は自分の何倍もノー天気で尚且つ楽観的な証拠なのかもしれませんが、世の中にはそういう生き方もあるんだということを知っていただければ、無理のない生活を営むこともできるのかもしれません。
※あくまで個人的な考え、尚且つネット上で出てきた事を信じて書いたまでで、現状がどうなるのか?ということに関しては自分は未経験なので分かりません。ただこういう事が必要な方は、ネットを調べればゴロゴロと情報が出てきますので、その点を参照されてみてください。










