今後役立つだろうと思うので、自分の病状を、記録として書く。完全個人用なので、興味ある方のみご確認ください。
9月19日から23日まで寝込んでしまった。原因はたぶん風邪
2026年9月だが、寒暖差が激しいのについていけないのか、それとも丁度この時期に台風が来ていた為、その影響下は不明だが、珍しく体調を崩し、19日から23日までほぼ自宅で寝て過ごしていた。
ただし寝ていたといっても、起きている時はパチンコ実践動画などを見て過ごし、眠くなったらその欲求に任せて寝るという感じで過ごした。
熱はない。食欲は普通。ただ外に出て歩くとか、パチンコパチスロをするというような体力は無く、結局この間は何もできなかったというような状態になってしまった。
体調を崩して気が付いたこと
とにかく弱気になったというか、変な考えしか浮かばなかった。変な考えとは、心配事だったり、不安だったりといった感情が頻繁に脳内にあったということ。普段はそんな事を一切考えないのだが、病気になっている時は日常茶飯事のようにこのことが脳内を支配していた。だからなのかは分からないが、前向きなこと、この先の予定、遊びのプランなどを考えられるような精神状態にはならなかった。それが不思議だった。
それと今回は体の痛み、不調など、大きなものは何もなかった。ただただ日々だるい。動きたくない。眠い。
そんな欲求だけが続き、忠実にそれに対応した結果(ほぼほぼ寝て過ごした結果)、6日目にようやく回復したというか、動こうと思えるようになり、24日(今日)は満喫に入り、少しやるべきことをやっているところ。
それと20日はお墓参りにいった。雨天の中、小一時間かけて行ったのだが、この時は目の前の何もかもに対して、かなりイライラしていたと記憶している。
SNSなどを見ると、電車内にいる高齢者が、自分が座りたいがために若者が優先席に座っていたりすると、杖などで強引にどかそうとして、結局はじきかえされている動画を見ることがあるが、その時の高齢者の気持ちが、この時は珍しく痛いほどよくわかった。
お墓参りは自分は電車で行く。20日はシルバーウィークで電車の席は空いていた。座ろうと思えば座れたのだが、別にその必要もないだろうと立っていたのだが、若者とか外人とか、元気な人とか、特に座らなくても良いような人が当たり前のように席に座っている光景を見て、ただそれだけで、【元気な人は立っていればいいのに】なんて感情が自然と浮かんできた。
なんというか、世の中を見回してみると、自分よりも遥かに体が悪い人がいる。その人の不自由をもっと理解するべきではないか!と、変な話だがそんな考えが脳内を埋めていた。
なぜそうなったのかというと、自分が体調が悪い。ただそれだけの話だ。自分が体調が悪くて、かったるくてしょうがない。周囲の人はそれに気が付いてもっと気をつかえ!健康な人が不健康な人に気を遣うのは至極当然な話だろ!と全くもって自分勝手な理屈なのだが、具合が悪くなると本当にこういうことしか頭に浮かばなくなるのは事実。
自分は一度自転車で転倒し、全治数か月の状態を経験したが、事故直後(打撲箇所がガチに痛くてしょうがない)に関しては、誰かが付き添って自宅まで介護してくれないかな?とマジでそんなことが帰宅までの間、ずーっと脳内に浮かんでいた。
体調を崩すと人に頼りたくなる
元気な時というのは元気だからなのか前向きなこと、自分の好きなことなどを考えがちだ。どちらかというと周りなんかなーんにも見えていない状態なのかもしれない。しかし自分が体調を崩し、今まで簡単にできていたことが出来なくなったとたん、手のひらを返したように考えが変わる。【もっと気を遣え!もっと優しくしろ!俺様は病人なんだぞ!元気な人は自分を助けろ!】と、ここに書いてもしょうがないのだが、本当にそんな感情が沸いてしまう自分の弱さ、幼さに驚いたのだが、多分だけど年齢に関係なく、病気の人はこういう考えになってしまうんだと思う。よく介護施設などで問題が発生することがあるが、その原因の一部には、介護する側に対する甘え、頼りすぎみたいな点もでてきてしまうんだと思う。
原因と解決法
今回の風邪の原因だが、自分で振り返ってみても今いち思いつかない。2日前の9月18日は朝からレンタル自転車で、やすだひばりが丘店に行き、夕方17時30日までパチンコを打っていたぐらい元気だったからだ。その後保谷駅まで歩き、レンタル自転車で帰宅したのだが、それをやってもその時は全く平気だったからだ。
ただ一応その翌日から自宅にいるようになったので、負けたことによるストレス(免疫が弱った)からの風邪か、若しくは空気が悪い環境で過ごしたことによる風邪(とにかく喉がおかしかった)か、又は転生2を2時間程度打ったのだが、液晶がまぶしすぎることによる疲労か(休んでいた間、軽い頭痛は常時あった)なのかは分からないが、この程度で寝込んでしまう自分の状況を考えると、完全に体力不足、かつ色々と体が衰えていると感じたという点もあったので、少し筋トレでも初めて見るつもりだ。
それと解決法だが、今回は軽度だったので、ただただ横になって過ごしただけ。腹はあまり減らず、水分もさほどほっせず、結果的にただゴロゴロとして過ごしたら治ったという感じで終わったと思っている。
注意点
今回体調を崩して感じたのは、とにかく無気力になってしまうという事。今回のように大したことがなくても、とにかく前向きな思考が本当に全くできないような状態に陥ってしまったのが、結構怖かった。世の中には鬱病という病気があるが、長期間体調を崩した場合、本当にそういう病気にかかってもおかしくないと思えた。
人生は一度きり。過去は戻ってこない。そんな条件がある中、とにかく元気で過ごせる日を増やすようにする。それが基礎のようなものであり、それを人生最後まで、一番意識しないといけないのかな?なんてことを強く感じました。
病気になったメリット
今回数日ごろごろと過ごして感じたメリットは、半強制的に今までのような日常生活から違う生活にシフトできたことだと思う。今までは毎日似たような生活を送っていたが、今回は半強制的に寝て過ごした。その為今までとは全く違う生活を送ることになった。ただそれだけの話なのだが、違う景色を見て過ごした結果、そっちの景色に少し興味を持てるようになったなということが最大のメリットではないかと感じた。
この点をより詳しく書くと、今までは博打みたいなものに脳を焼かれ、その事だけに一喜一憂する時間が多かったような気がするが、今回寝て過ごした際は、そういう刺激は全くなく、そのような時間は強制的に違うことをするという時間になったのだが、それにより新しい景色、新しい考え、新しい体験のようなことが自然とできた気がする。具体的にはただただ寝ながらyoutubeを見ているような生活をしていただけだが、それでも問題ない、それでも楽しめるということが分かったということと、博打の動画だけではなく、色んな動画を見たので、それにより、脳内が活性化され、違う種のようなものも少し出てきたような気がしている。
それともう1つ感じたことがある。それは自分自身が胃の中の蛙のように、視野が狭くあまり色んな体験ができていないということが、なんとなくだが理解できた。
これは1人の人間の時間の限界のようなものがあるため、誰しもがそういう感情を抱くことがあることなのだが、なぜかそんな事が頭に浮かんだ。勿論世の中の全部の景色を見たいとも思わないのだが、あまりにも物を知らなすぎるのはどうかな?という感情が沸いた。また出来ることなら色んな世界、景色を見たうえで、沢山の選択肢の中から、最適なものを選ぶ。そんな事をしたいが、今の自分はあまりにも物を知らなすぎるがゆえに、適切な選択ができているのだろうかと、漠然とそんな事に対し、少しの疑問を感じるようになった。
最後に
病気になって色んな感情が脳内に沸いたが、その中でも常時脳内を支配していた感情は、【せっかく休んでいる時に、なぜやるべきことややりたいことを考えないのか?】という感情だった。
寝ながら過ごすにしても、これからやりたいことなどを紙に書きだす。今後の計画を立てるみたいなことはできるのだが、なぜかそれをせず、本当に下らない動画を見て過ごしてしまったのだ。
もちろんこれは精神的な部分でやる気が起きないからなのかもしれないが、何だかそれが非常に勿体ないなと感じた。
人は生きている中で、8割程度の時間を無駄なことに使っている(下らない動画を見る、何の役にも立たないことをする)。2割程度しかまともなこと(将来のこと、良い人生を歩むための時間)に使っていないなんてことを何かの本で読んだことがあるが、自分自身の過ごし方について、ガチでこれに当てはまっている。下手したらこれ以下だなと痛感し、もう少し思考を含め日々の習慣を改善しないといけないななんてことを強く感じながらも、結局それをしない、できない自分に疑問を感じながら過ごした気がしている。
それとここまで書いて思ったが、やはり体は大事。なるべくなら体調は崩さないほうがいい。その為には未然に防ぐという考えが大事。少しでも体調が悪いなと感じたら早めに休み、なるべく体調を崩さないようにする。そんな生き方が大事だなと感じましたので、読者の皆様も、お体には十分に気を使って過ごしてください。