自分は毎朝9時に家を出る。世間体を気にしているからだ。毎日毎日家にこもっていたら、あの人は無職じゃないかしら?と噂になるのが怖いからだ。
とりあえず家を出た後は駅に向かったり、公園に行ったりするが、その際に、ガードマンを見かけたり、八百屋さん、小売店など、その時間帯から働いている人達を見かけることがある。
例えば八百屋さんで、朝から商品を箱から出して並べている人を見かけると、「八百屋さんは遅かれ早かれ絶滅するだろう。スーパーやコンビニが頑張っているから生き残るのは不可能だろう!」と思ってしまうし、高齢のガードマンが働いているのを見かけると、「今はまだ仕事があるから良いかもしれないが、今後不況になり、ガードマンをする人が増えたら、働ける日数も減らされるだろう。大変だな。」ということが脳内に浮かんでしまう。
またもし自分自身が八百屋だったり、ガードマンだったりした場合、きっと同じことを想像すると思うので、そう考えると八百屋だったり、ガードマンをしている最中に、発狂しそうになってしまうのではないかと思う。
でも、そこで自分自身に目を向けて考えてみる。
今自分がやっていることは、FXとアフィリだ。
FXに関しては、おそらく無くなることは絶対に無いだろう。お金が全て電子化になることはあったとしても、通貨がなくなることはないし、通貨の価値を決める金融マーケット自体は構造上存続することになると思う。なぜかというと、各国には通貨発行権という権利があるが、その権利を行使し、新しくお金を刷る(お金を増やす)と、その国の貨幣価値は薄まることになる(価値が下がる)関係で、通貨を売買するマーケットがその均衡を図るために必要になると考えるからだ。
それ以外でも貿易などで、日々お金のやり取りがあるが、それはそういう理由でも固定制にはならないと思うので、おそらく相当長い間、金融マーケットは存続すると思うし、それを生業とする、為替取引(FX)は存続すると思う。
一方アフィリに関してだが、今はまだ平気だが、グーグルとか、ヤフーとかが新しい制度を作ったり、革命的なことをした場合、アフィリ自体が無くなることも十分にありうるのだが、一応今の状況下では、アフィリ自体がすぐに無くなることは無いと思う。
理由はアフィリ市場に多くの会社が参入しているからだ。今の物販は、リアルのお店よりも、ネットが主流になりつつある。小さな会社が新しい商品を作り、ネット(アフィリ)を通して売ってほしい!そういう要望はどんどん右肩上がりになりつつある状況だからだ。
そういう会社の需要を満たすものがアフィリのようなものなので、一応今のところは大丈夫な気がするが、これが何年も続くかどうかは未知数だ。
また仮に市場が存続したとしても、自分がその中で稼げなければ、力を発揮できなければ恩恵はない。
そういう意味では八百屋さん、ガードマンと同じ、生きている限り、ライバルに打ち勝つためにも全力で取り組まないといけないのかもしれないと感じた。
それとどんな事でも終わりは必ずある。マーケットが飽和してきたら食えなくなる。
そういう風を感じながら、日々これをしていても良いのかという事を見極め、自分がこれをしていても大丈夫だと自信を持てることにのみ時間を使う。
そんな事が大事なのではないか?そういう考え方でないと今は通用しないのではないか?
今儲かっているから大丈夫とか、ここで勤務していれば大丈夫だろうではなく、世の中がどんな方向に向かって進んでいるのか?その中で自分がしていることは残るのか?そんな全体を見る、森を見るような視点が必要になっているのではないかと感じる。(コロナで多くの会社が倒産した現実を見たら、納得する人も多いだろうと思う)
また手段は問わないが、望む結果を得るために、何をするのかを選び、目的を達成できることに対してのみ時間を使う。
そんな姿勢が今後生きてくために必要になっているのではないかと感じた。
とにかく時間が大事。無職にとって有益な資源は時間だ。
その時間を高いパフォーマンスを発揮できることに使える人が、これからの時代を生き抜くことができる。
そんな事をひしひしと感じるので書いてみた。
とりあえず一生涯の銭を稼ぐとか、金利収入とか、不動産収入で間違いない生活ができるとか、そういった基盤を確立できるまでは頑張らないといけない。
建前論だけど、最近はそんな事が頭に浮かんでいる。










