自分が以前に勤めていた会社は、どう考えても頭が悪い大人(いい年齢の人。具体的には40代以上の人)、馬鹿な大人、気がくるっているぐらい幼い考えの大人が大量にいた。いたというか、そういう人ばかりだった。そして一応大学生活を過ごした後入社した自分はそのことが疑問で仕方がなかった。
実際にそういう馬鹿な大人と思える方々は、皆一律に高卒とか、出てても専門卒ぐらいの人たちばかりだった。そしてどう見てもその年齢で脳の成長が止まっているように見えた。だからかもしれないが、50近い大人になっているにも関わらず、猫の鳴き声を真似して、周りにたくさんの同僚がいるにも関わらず、仕事中にも関わらず、【にゃー】と連呼する本当にあきれるほど馬鹿な大人が存在した。(猫の鳴き声を言う意味は何もなかった)
またそのような頭が悪い方々は、毎日毎日同じことしかしなかったというか、同じ話しかしていなかった。おそらくだけど脳の成長が止まっている他、新しい知識は一切入れない。また新しい経験体験や行動もしていない人達のように見えた。そしてそんな人の中には、自分に対して毎日のように同じことを言ってくる人がいた。【○○君、今TUTAYAに行けば100円引きでDVDが借りれるよ!キャンペーン中なんだよ】。
その話は昨日も聞いたよ。この人は会社の帰りにTUTAYAに立ち寄って借りるのが趣味のようで、キャンペーン期間中は必ずと言っていいほど自分にこの事を告げてきた。年は40を超え、頭は禿げている人だった。
毎日のように自分にとっては信じられないような会話しかしていない人々を眺めながら、どうして年をとっているにも関わらず、頭の方が中学生レベルの大人が存在するのか?そのことがずーっと理解できなかったのだが、会社を辞めて過ごした今、ようやくそのことが理解できたので、今回はそれを書く。
頭が悪い大人がいる理由
なぜ分かったのかというと、それはAIに同じ質問をしてみたから。そして返ってきた答えの一部が以下。
大人が全員完璧で賢いわけではなく、いわゆる「馬鹿な大人」が存在してしまうのには、人間の心理、環境、そして社会の仕組みにいくつかの明確な理由があります。
主に以下のような要因が関係しています。
1. 「年齢」と「精神的成熟」は比例しないから
体は時間とともに自動的に成長しますが、精神の成熟や知性は、本人が学び続けなければ成長しません。
- 過去の経験から反省しない
- 新しい知識を取り入れようとしない
- 自分の間違いを認められない
このような状態のまま年齢だけを重ねると、周囲からは「子供っぽい、理不尽な大人」に見えてしまいます。
実は自分が勤務していた会社は、朝は早く、また夜は残業が当たり前の会社だったので遅かった。そしてそこで働いていた自分よりも年上の方々は、皆朝早く家を出て、夜遅く帰るため、また休み自体も異常に少ないが故に、何も経験ができない状態であり、それにより脳が成長しなかったんだと思う。
だがこれはある意味相手に忖度しすぎな話。一応昼に新聞を読む時間はあったし、下らない話をしている時間もあった。学ぼうと思えば学べたはずだった。環境は悪いとは言え、何か新しいことを吸収する時間はあったため、人並みに成長する機会はあった。
また一応自分よりも年上の方というのは、ほかの会社の人と接する機会も多少はあったため、そういう場で恥をかかない為にも学ばないといけないと個人的には見えていたのだが、例えばそこで演説をするような機会がある場合でも、驚くほど度下手な演説を平気で行い、自分だけは満足していると、そんな人達ばかりだった。要は完全に井の中の蛙みたいな人、自己肯定感だけは異常なほど高い人しかいなかったのだが、そういう方々は皆、何も学ばない、成長しない、そして結果的には裸の王様のような人たちばかりだったのだろうというのがようやくAIに聞いた回答から想像することができた。
またアメリカにはトランプ大統領というめちゃくちゃな脳みその持ち主がいる。彼は何回も破産した経験があるらしいが、結果的に今の座を手にしたわけだが、それらを考えてみても、結局失敗から何も学ぶことができなかった人なんだろうと思う。だから脳みそが非常に幼稚だが、自分ではそれが分からない、ある意味裸の王様みたいな人だ。
頭の悪い大人から学ぶことはない。距離を置くべき
若かりし頃は向上心が結構高かったので、日々学習したいという意欲が強い自分はこういう方々が心底嫌だった。大人なら、何か学ぶことがある、若しくは魅力ていな一面がある。今まで積み上げてきた何かがある。そんな空想を抱いていたのだが、そういう人が本当に少ない現実に対し、自分は本に走った。
時間があるときに本屋に行って、ビジネス書を大量に買った。それぐらいまともな話、内容に飢えていた時期があった。
今は自由に生活できる分、人間関係も調整できる分、このような人とは付き合わないですんでいるが、そんな今でもこのような方々とは距離を置くべきだと強く感じる。
結局このような脳みそが幼稚な方々というのは、能力がなさすぎて話にもならない。まずもって人の話が聞けない。それゆえに理解もできない。また人の話を自分の都合のいいようにしか聞かない。
伝言ゲームというものがあるがそれすらできないような人とは本当に距離を置いた方が良いと思う。それが自分の今の結論。
自〇隊も馬鹿の宝庫らしい
元自〇隊の方がコラムで書いていたが、自〇隊も内部にいる人は馬鹿ばかりらしい。
まあ毎日訓練ということで体を動かしているだけでは頭は良くならないということは想像できる。またそんな人達の集団なんだろうということはある程度想像はつくものの、この話は個人的には結構ショックだった。
国を守る人。災害救助の際に活躍するような人は、やはりある程度の脳みそのレベルの人であってほしいと考えていたからだ。
だが結果は全く違う。おそらくだけど大半の人はもしかしたら何も成長していない人達なのかもしれないなとも感じる。
因みに以下はパチンコ店で60過ぎの大人が、若者との間で台の取り合いのような事でもめているのを見かけた記事だが、何と幼いかつ格好が悪い大人がいるもんだと感じたが、こういう人は結構多いんだろうなと想像している。
最後に
金持ち喧嘩せずということわざがあるが、自分は昔から徹底してこういう考えで生きてきた。
実際に理解しようと試みた時もあったが、水と油のようで、どう考えても理解できなかった。だからこそ交わることをあきらめるようにした。人にはその人の性分がある。それを変えてまで理解したいと感じる要素は一つもなかったからだ。
だが世の中を見渡してみると、結構こういう人は多い。
自分と同じような人は、今いる環境で葛藤があると思うが、それはそれで仕方がないと思うしかない。人は変わらない。相手は変わらないからだ。またそんなに被害が無いのなら、適当に距離を置いて過ごし、自分の時間を自分のために使う。その計画でも立てていれば良いと思う。
今日はそんな事が言いたくて書いてみた。
世の中色んな人がいる。現状維持を永遠と好むのか、それとも成長を好むのか?それはその人次第なんだろう。どっちが良いか正解は無いが、個人的には新しいことをする。新しい知識を吸収するという人生を歩んでいきたいと考えている。何故かというとその方が色んな世界を知ることができるからだ。年を取っても井の中の蛙では恥ずかしい。そんな願望はあるが、実際にそれを徹底できているのかというとそうでもない生活を過ごしている気がする。