人生は数えきれないぐらいの選択の結果。1つの選択ではなく、複数の選択の結果により今の自分がある。
ミッションインポッシブルのファイナルレコメンドを満喫で見ていた際、以下のような話をしていたのが自分に刺さったので、この点を書いてみたい。
高齢者の目押しをした際の続編
自分は昔、国際センター中村橋というパチンコ店に通っていた時期があった。そしてその際に高齢のおばあさんの目押しをしてあげたことがあった(以下の記事)。
またその方は常連のようで、自分が行く際は必ずといっていいぐらいに打っていたので、席が近ければ何度も、また何にも文句を言わないし、快く目押しをしてあげていた。
理由は年寄りが目押しをするのはかなり大変なことだと思うのと、その辛さのようなものが、目が悪い自分は手に取るように分かったからだ。なのでそのおばあちゃんからは感謝の意を感じていたのだ、自分はある日を境にこの店に行くのをやめた。
やめた理由はただ家から遠かったことと、習慣のようなもので、行かなくなる(ほかの店に行く)と別段何にも気にならずという状態になり、そこから数年が経過したのだった。
数年後の出会い
しかし先日、本当は富士見台ガイアに行く予定だったのだが、地図を見間違えた関係で、中村橋に着いてしまい、結局国際センター中村橋に入店した。
10時に入店し、マイジャグ5を打ち始めたのだが、14時をピーク(500枚のプラス)にそこからは飲まれはじめた。そして止めよう。もう飲まれたら帰ろうと思った瞬間、裏口のドアから見覚えのあるおばあちゃんが入ってきた。
以前目押しをしていたそのおばあちゃんだった。
そしてたまたま自分の隣の席が空いていたので、そのおばあちゃんは自分の隣に座って打ち出したのだが、自分はその人のことを覚えていたし、相手も自分の事を覚えてくれていたようで、まじまじと自分の顔をみていたのだが、自分は特に何も話をしなかった。
何故かというと、パチンコ店なんかに入り浸っていたら、金がどんどんなくなるのが目に見えているからだ。実は以前にこの店で打って帰りに駅前の西友に立ち寄ったことがあったのだが、その際にそのおばあちゃんが西友に入っていくのを見て、【ジャグラーなんか打たなければ、異常なぐらい贅沢できるのに。西友なんかで買い物をしなくても良いのに】と、そのおばあちゃんの懐事情は分からないが、そんな事を強く感じたことがあったためである。
パチンコ店に行くことを習慣化にしてしまったら、金はなくなるだけ。しかも年を取った方が金を失うのはかなりのリスク。何故かというと働くことが難しいからだ。なので自分は年寄りがパチンコ店にいくのは正直その行為自体を毛嫌いする。本人が不幸になるだけだというのが薄々分かるからだ。
なので上記のような考えから、あえて話すことをしなかった。話をしたらおばあちゃんがそれで少しうれしくなり、この店の来店回数が増えるかもしれないと思ったからだ。
またそれと同時に、数年経過したにもかかわらずおばあちゃんがこの店で打っているのを見て、このおばあちゃんは何年もこの店で打ち続けたんだなということが想像できた。
何て悪しき習慣を続けているのか?どうしてジャグラーを毎日打つという行為がやめられないのか?なぜ金をどぶに捨てるようなことを習慣化するのか?
そんな事が頭に浮かんだ。また毎朝何をするのも自由にも関わらず、マイジャグ5を打つという選択しかしてこなかった結果、こうなっているんだということも理解できた。
パチンコパチスロは沼、習慣化しやすい遊び
そして自分自身も頻繁にパチンコ店に行っている方なので分かるが、俗にいう常連、毎日のように来ている人は結構多い。
しかも何の恥ずかしさもなく、人通りが多い場所でも平気で先頭に並んでいたりする。大体どの店も常連が一番槍なんだろと思うが、パチンコ店に朝から並ぶ、しかも先頭に並ぶということに対して何の疑問も感じないのだからある意味すごいなと思うが、本当にどっぷりとこの行為を習慣化している人が結構多い。
そしてその人たちは毎日何をするのかというと、機械(台)と向き合い、その台から発せられるメッセージ(GOGOランプ)に一喜一憂しているだけ。
あまり人とも話をせず、脳みその中はペカリだけというそんな異常な行為をやり続けているだけという話になる。
そしてここまで書いて思ったけど、悪いことの習慣化は本当に恐ろしいと感じた。カジノなども薬などを打って3日間寝ないで打つなんて人がいるらしいけど、基本的にギャンブルの1日の利益何てしれているわけで、それだけでは何にもならないわけ。また習慣化したら確実に取られてしまう遊び。なのでそんな事を再認識し、なるべくいかない回数を増やす、そっちを習慣にするのが良いと感じた。

依存症を救うための何かが必要ではないか
世の中にはデイサービスといって、高齢者を一か所に集め、昼の間はそこで過ごしてもらうというサービスがある。幼稚園の大人版のようなものだろう。
家族なども、家に一人でいるよりはという理由でそこに行ってもらうらしいが、パチンコ依存症などの方も、最終的にはこのような形で収集し、どこかのパチンコ店に放ち、そこで賭けないで打ってもらう、または集まった皆でバーベキューでもいいし、ゲームでも良いからやってもらうなど、全国で考えると異常なほどの数になるだろうと思われるパチンコ常連組に対しても、何かしらのサービスのようなものが必要になっているのではないかと少し感じた。
勿論、パチンコ店に集まるような人はみな、周囲の反対を押し切ってきているわけである。誰もがやめろ、やめたほうが良いと言い聞かせても、それを受け入れることができない頑固者、傾奇者のような人たちの集まり。なので型にはめる、毎日定期的に集まってもらうなんてことは先ず無理だあろうと思うが、広い視野で考えたら、そうして上げた方が幸せを見つけることができる、パチンコよりも楽しいことが分かるきっかけになるとも思う。
自分も長い時間をこのくだらない遊びに使ってしまったが、今ようやく日々の時間の選択の重要性について気づき始めたので書いてみた。お心当たりがある方は、是非一度考えてみて、これをきっかけに何かが良い方向に進むことを期待したい。










