パチンコパチスロが趣味の方には申し訳ないが(自分も趣味だが)、表題の事について妙にしっくりと来ることがあったので、ここに記録として書く。
パチンコパチスロばかりしていると頭を使わなくなる理由
パチンコパチスロをしている最中というのは、割と目の前のモニターや窓に集中していることが多い。モニターを見ていた際は、数字が3つ揃わないか?STや確変に入らないかな?とか、また窓を見ているときはぺからないかなと期待しながら、またワクワクしながらみていることが多いのだが、それを飽きずにやり続ける人が多く、結果的に丸一日そんなバカみたいなことに時間を使ってしまうことになる。
そしてその間は頭を全く使わないのである。

自分はパチンコパチスロが好きなので、自分自身が今まで打っていた時も、その経験から漠然とそんなことを考えたこともある。なんとなくではあるものの、こんな事を続けていたら頭が馬鹿になるのではないかという感情はあったものの、まったく気にして生きてこなかったのだが、今回以下の経験からそれに気が付くことができた。
違うことをしていたら自分の行動が客観的に見えてきて、このことが実感できるようになった
実は最近は不労所得を作ろうと、その活動みたいなことをしている。今日も小雨だったこともあり、朝から満喫に入り、その作業をしていたのだが、この作業自体、結構思い通りにいかないことが多い。自分ではすぐに終わるだろうと考えて取り組んだものが、その何倍もかかってしまったりすることが割と頻繁に起こるのだ。
そして今朝も、想像もしていなかってミスが発覚し、そのリカバリーを済ませたところ。
そしてミスをすると、人の脳の回転は異常に早くなる気がする。それを補修しないといけない。それを修正しないといけない。その案を必死になって考えて、それを実行することで修正を完了することができるわけだが、その際に時間に追われるようなストレスを感じながらも必死で考え答えをだし、それを訂正し終わった時に、何故か日ごろパチンコばかりを打っていた自分の事が頭に浮かんだ。
パチンコをしていた時の自分は、このように、何かに対応するために、必死になって考えるという時間は皆無だった。球を使うときというのは、せいぜい負けた後、次に行く店を考えるか、どの店で食事をするか?どこでジュースを買うか程度の話。たったそれだけの脳みそしか使わない日と、今のように割と必死になって考えて解決法を探そうとする日とでは、たったこれだけのことでさえも、脳を使う能力なるものは格段に違うなということをなんとなく感じた。
またサラリーマン時代は自分はこういう問題解決をしなければならない時間、人との折衝の時間がかなり多かった。だから勤務時間中はずーっと脳を使っていたような気がするし、自分の精神状態も、常に緊張状態だった。
言うなれば仕事中は相手があることもあり、脳も体も緊張し、程よく脳を使っているような状態になる。なので毎日のようにそのような仕事をしていれば、自然と脳が活性化されるだろう。
しかしながらパチンコのように、脳を全く使わないような時間の使い方が習慣化してしまっている人は、ほとんど脳が耕されない。そしてこういう人は脳が成長しないため、精神的に幼く、世界も狭く、幼稚な考えが浮かびがちな気がする。これはパチンコパチスロ縁者という方々を見ていても、本気でそう感じる。
年はとっている。でも脳みそは子供のまま。よくそんな発言や立ち振る舞いをしていて恥ずかしくないなと思うが、本人は裸の王様で、そんな気は一切ない。というか、そういう脳になっていないのだ。年は重ねても、頭の中身は永遠子供のまま。その理由は、脳を使ったか使わないか?そんな事ではないのかなと少し感じたので書いてみた。
最後に
今朝は想像もしていなかった事態になり、その修正の為に行動した結果、新しい修正の手段を知った。勿論これは知っているか知らないかというただそれだけの事。またこの修正の手段も、時代と共に変化するため、来年にはまた違う手段が出ていると思う。そんな一過性の修正方法を知っただけだが、自分はそこでちょっと視野が開けたなと感じることができた。何故なら同じような事ならおそらくこれと同様の手法があると想像したからだ。またこれは別に大したことではないのだが、やはり生きている間というのはこういう新しい箱、ふたを開け、その新しい中身を確認することができた!そんな事の積み重ねで、自分の経験や視点が広がっていくきっかけになるような気がするので、個人的には何をするのも本人の自由ではあるが、例えばパチンコが終わったら、そういう新しいものを経験するような時間をもてた方が、それをきっかけにして世界が広がっていくのではと感じた。
まあ別に自分は無知でも良い。相手が無知でも構わないし馬鹿にしたりする気も一切ない。でも例えば新宿駅から東京駅まで移動する際、普通なら、電車、バス、自転車、徒歩などの移動手段から選ぶと思うが、あまりにも無知すぎて、自転車と徒歩しか知らないような人間では、生きていくのが困難になると思うし、実際それを人前で言ったら、それこそ驚かれてしまうと思う。
でも自分は今でも覚えているが、パチンコライターの泉じゅんさんという方は、番組内で蓋つき(穴があいていてそこから飲む)のコーヒーをもらった際、今まで一度もそういう形の飲み物で飲んだことが無かったらしく、誰かに教えてもらい、やっとそこで【蓋を開けなくてもこの小さい穴から飲めば良いんだ!】と言っていたのを覚えているが、その当時でも彼の年齢は50を超えていた。またそんな彼の姿を見て、パチンコばかり打って、その他の世界を知らないのはどうかなと感じたのを強く記憶している。そしてそんな経験があるからこそ、自分は物を知らないということに対して一種の拒否感のようなものを覚えるようになったが、パチンコパチスロをしている人の中でこういう風に思う人は案外少ないのかもしれない。
