ばくち打ちは怠け者だと感じた日

無職
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公営ギャンブル、パチンコパチスロなど、ギャンブル(博打)が好きな人たちがいる。自分も立派なその一員なのだが、こういう人達というのは、はっきり言ってかなりの怠け者ではないかと感じたので、今回はその点について書く。

勝っても負けても楽なことしかしない人達

競輪をするとたまに当たる時がある。

因みに今日は満喫に来ているのだがその中で少しやって、ちょっと儲かった。数千円だが、滅多に勝つことがないので、やはり嬉しい。

そしてこのわずかながら名利益しか出ていないにも関わらず、自分自身に対して、心の底から【良くやった!今日は大きな仕事をこなした。だから少し好きなことをして過ごそう!明日は今日頑張ったから好きなことをして過ごそう】とこんな感情が湧き上がってくる。

だが実際に自分の行動を振り返ってみると、競輪を買えるサイトにログインし、脳内に閃いた車券を買っただけ。汗をかいたわけでもないし、熟慮して車券を決めたわけでもない。本当にたまたま当たっただけで、実際は何にもしていないのとほぼ変わらない。

しかし脳内の良くやった!という感情にあらがうことはできず、こういう事があった際は、【今日は頑張ったんだからご褒美だとか、頑張ったんだから好きなことをしよう】なんて感情がわいてきて、結局怠けて過ごしてしまう。

因みに博打ばっかりやっているような人の中にはやはり自分と同様に、勝った場合はその金で過ごせるだけ過ごし、金が少なくなってきた際は再度公営ギャンブル場に足を運んだり、パチンコ店に行ったりして勝とうという愚かな感情を抱いている人が多いというか、ほとんどこういう人達ばかりではないかと思う。

そしてそういう妄想を抱いた人たちがどうなるのかというと、結果的には負けて終わってしまうのだ。

なぜなら公営ギャンブルは払い戻し率が75%。パチンコパチスロなども今は同等かそれ以下しかないだろう。

理論上確実に負ける遊びであり、またその遊びに没頭する人たちもその事は薄々理解はしているものの、目の前の当たるだろうという気持ちや、当てれば儲かるという欲に勝つことができず、負けるということが分かっていながらも、永遠と同じことを繰り返すのである。

そしてなぜそういう事を欲するのかというと、それは根っからの怠け者だからではないかと感じた。

怠け者の末路

博打に絶対はない!それは博打を打ったことがあるものなら、だれしも一度は感じたことだろう。

それ即ち何を意味するのかというと、博打で勝ち続けることはできないということだ。

たまーに勝つことはあるが、それが永遠に続くのかというと決してそうではない。だらだらとやっていたらトータルで負ける。かといって絶対に自信があるレースに厚く張れば勝てるのかというと、決してそういうわけではない。

自分が鉄板と考えるレース、誰もが鉄板と考えるレースがあったとしても、目の前で悲劇が起こる可能性もやはり数パーセントはあるわけで、もしハズレたらどうするのか?とその点を頭に入れておけない人は、博打に一点張りの人は、いつかその悲劇に見舞われることになるのだ。

まあ何が言いたいのかというと、博打は遊び。博打は余暇の1つ。全力でぶつかるのではなく、やっても支障がない範囲で、尚且つ本当に遊ぶ(それで食っていくとかは考えないで)、少し距離を置いて楽しむ程度のものと考える。

そしてそういう考えになると、結局博打以外に何かしらの種をまかないといけない。何かの支えを作らないといけないという考えになる。そしてそっちの方で何とかなれば、割と安定した生活が待っているのではないかと思うのだが、博打に夢と希望を託すという気持ちは自分は良くわかる。

博打にしか夢を抱けない人達

公営ギャンブルには必ず正解がある。競馬競輪競艇など、全てにおいて当たり車券が存在し、それなりの配当もらえる。

もし絶対に当たる予想屋がいて(3連単2点予想で、2点買えば確実に当たるとする)、その予想は開催本場でしか買えないとする。1日1レースしか買えない。またいつまで売ってくれるか分からないとする。もしそういう状況があったとした場合、今サラリーマンの方はどうするだろうか?

競輪場や競艇場などの数はかなり少ない。開催している場も少ない。結果的にその予想を購入して儲けるには日本全国飛び回らないといけない。しかもいつまでその予想家から買えるか分からないわけだ。

その場合、今のサラリーマンの処遇が悪いと感じる方は、多分会社を辞めてでもその予想屋から予想を買い、日本全国を飛び回って金を稼ぐ生活を選ぶだろう。なんて言ってもただ車券を買うだけで儲かるのなら、こんな楽な仕事はないからだ。

しかし今の会社の環境が良くて、別にそんなもの必要ない。いつ終わるかも分からないものに頼るより、今の会社に席がありさえすればそこそこの稼ぎが保証されるわけだから、そっちを選ぶという人は、上記を選ばないという人もいると思う。

またその予想屋がいついなくなるのかも分からないという前提があるわけだ。まともな人。普通の考えがもてる人がおそらく選ばないと思うが、ギャンブル好きの方、怠け者の方は、おそらくだけど99%というか100%が予想屋から予想を買うという人生を選択すると思う。

それは何故かというと、当たる!という事に対する喜びで脳が焼けてしまっているからだ。

ギャンブル依存症の末路

今公営ギャンブルの開催場に行っている方、パチンコパチスロに対して物凄い期待を抱きながら打っている人などは、おそらくだけどこの脳が焼けてしまった人達、俗にいうギャンブル依存症だと思う。

1年365日。毎日毎日頭はギャンブルで勝つことばかり。実際に物凄い行動力があり、車や電車など、時には徒歩を使い至る所に出没するが、最終的には儚い夢で終わってしまう確率が高いのではないかと思う。

何故かというとそれはやはりギャンブルであり、絶対がない世界だからだ。

夢があるようで夢はない。

夢を見ているようで、結局は搾取されているだけ。

多分現実はこれ。また冷静に考えたらこの結果になるんだと思うのだが、これが止められないという感情もよくわかる。

最後に

何度かギャンブルをやめようと思ったことがあるが、数日経過したら、そんなことは無かったかのように過ごしている自分がいる。

だがその熱い感情は昔ほどではなく、かなり薄れてきた。またそのためかギャンブルという魔物、その中身を昔よりも理解できてきたような気がしたので書いた。

ギャンブルで夢を見ない方が良いと思う。また同時に今はギャンブル場で動画を回している人などいるが、フェンスの前でかぶりつくようにレースを見て、声援を送っているような人、願いを込めて大声を上げている人を見ると、自分は何故か冷めてしまう。そしてまた同時にああはなりたくないと思うが、一応フェンスの前でヤジを飛ばすような大人にはならなかったことだけは本当に良かったと思っている。

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